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東松島市被災地仮設でふれあいサロンを行いました。 

大震災から5年、被災地では仮設住宅の住む人々が170.000人、避難者数は190,000人原発事故避難者数は107,000人
家をなくし家族を亡くし今も必死に生きておられる人々とともに、復興への歩みを続けて行きたい!
東松島市大曲浜の仮設の皆さんとふれあいサロンをさせていただきました。
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仮設の皆さんは元気に大きな声で歌ってくれました。「仮設住宅なので、今まで混んない大きな声を出して歌えませんでした。」「経は本当に元気が出ました!」「ありがとう!!」と声をかけられた私たちのほうが勇気をいただきました。(^∇^)ノ
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10月4日東松島市大曲仮設「ねぶた祭り」に参加しました! 

東松島市大曲仮設の「ねぶた祭り」 に参加しました!span>
東松島市大曲仮設 小野竹一自治会長はじめ350戸の仮設住宅の住む人たちが、来月11月には第1回の47世帯の方が新居に移転する。震災以来青森のねぶた祭りのグループが、毎年復興支援のために仮設で「ねぶた行進」をしてきた。仮設の住民が少しでも元気に明るくなれるように、精力的に行事を進行する小野竹一自治会長さんの深い思いに感動が伝わってきました。
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震災以来3年7か月、家を無くし家族も亡くし、四畳半の部屋で過ごしてきている仮設の皆さま方はどんな思いでおられることだろうか。「前にしか進めない」現実を乗り越えておられることに心から敬意を表したい気持ちで一杯でした。


伊達市へ避難する飯館村長泥地区の杉下自治会長さんを訪ねました。 

伊達方部飯館自治会 会長 杉下初男氏 奥様との対話   於:伊達市 平成26年7月18日

<飯館村長泥地区の現状について>
杉下氏は飯館村長泥地区において、農家と杉下石材を経営していた。
自宅の長泥字典(まが)田(た)85は、原発事故により家の中で、毎時1,2~1,5マイクロ㏜を記録している。
原発事故後、3月18日に千葉へ緊急避難(祖母、息子、夫婦)5月に伊達市の借り上げ住宅に移る。
飯館村の中でも長泥地区が最も放射能の線量が高い。
(飯館村内他の地域の3倍であった)
同じ福島県の浪江町、葛尾、周辺には4~5月に避難勧告発令したが、飯館村長泥地域は6月にやっと避難勧告が出た。長泥字典田地区には74戸の住民がいた。
長泥の区長さんの自宅を除染して、田中俊一教授が長泥地区の皆さんへ「除染したので当面、放射能の危険はない、大丈夫と言った」
その説明により約3か月間(6月30日まで)住み続けた人もいる。

飯館の長泥地区74戸の住民の放射能被害、国や村の行政は除染して帰還を前提にしている。
しかし放射能の空間線量は今も高くとても住める状況でない。
ソ連のチェリノブイリは、その土地に住民を戻さない。
しかし日本は除染して年間20㍉㏜以内で戻すことを考えている。

原発事故による避難者の今後の生き方はどうしたらよいのか、国が進める自宅への帰還政策、すべての土地が放射能で汚染されている土地に帰らなければ、被害補償が無くなってしまうのか、住民は不安を抱えている。

避難して3年過ぎ、長泥地区74戸の9割の人たちは、他のところへ土地を求める人がいて、長泥へは帰らない。
長泥地区は無くなってしまう。
今は自治会長のほかに、委員会を立ち上げて、長泥地区の家屋敷や農地に対する賠償請求について前区長や委員の人と検討している。

<伊達方部飯館自治会について>
伊達方部飯館自治会は、柳川地区、月舘、保原、国見、桑折(こうり)地区の6地区の借り上げ住宅に住む人々。
100戸以上の避難者がいるが、平成25年3月31日に生活支援課に相談して、自治会会員(年\1,000)呼びかけたが現在54戸の住民が登録している。若い人たちは入らない。
平成25年の秋頃まで他団体からの支援物資はなかった。(赤十字、他は数回あり)
この自治会には集会場もなく支援物資の置き場所もない状況で、公民館を借りて集会の開催をしていって、コミュニティーを深めていきたい。
借り上げ住宅避難者へは、4人\60,000,5人\70,000の住宅手当と一人\100,000の精神的保障手当が支給されている。しかし申請の段階で個人個人の条件によっては異なり、毎年春の申請に不安を覚えます。
(いつまでの保証なのか不安、これからの生活も不安、家屋敷や土地の保証についても不安)
避難当時は、家を借りても家財道具や生活用品がなく支援も届かない状態で皆さんが苦労してきている。

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<これからの支援活動について>
① 仮設住宅の皆さんとは生活状況が全く異なり、上記の6地区にそれぞれの避難者のご家族が住んでいるために、集まってのイベント開催は2か月に1回ほどになってしまう。その計画に沿って支援活動のご協力をさせていただく。
② 支援物資も54戸の自治会員がいるので、54戸分を分けられるようにしたい。
③ この自治会の決まった集会場や保管できる場所がないので、大量に支援物資をいただいても保管できない。
④ 7月25日に保原町交流館で、自治会の役員会と支援物資配布が行われるので前日の24日午後7時過ぎに着くように杉下会長さん宅へ支援物資を送る。
⑤ 3年たった現在は、少しずつ落ち着いているので、支援物資は生活消耗品などが有難い。
⑥ 今後も数か月ごとに行事を開催するときに、連絡を取り合って充実した交流ができるように協力し合う。

                                                                  以上
平成26年7月18日
伊達市保原町に在住されている、伊達方部飯館自治会長 杉下初男氏を訪ねて、
借り上げ住宅に住む方々の現状とこれからの支援活動について貴重なお話を伺いました。
今後も連絡を取り合い、支援活動を進めていくことを話し合いました。


小野竹一さん講演会が開催されました! 

6月7日(足利市民プラザ)6月8日(前橋市下川淵公民館)において、東松島市大曲仮設住宅の自治会長小野竹一さんの講演会が開催されました。小野さんは、東日本大震災に幸い家族は助かったが、家を無くし、震災2か月前に直腸がんの再発で入院していた状況から、仮設住宅の自治会長の任命を受けた。その後、自らを省みず一心に、360世帯の仮設に住む住民に笑顔を戻したい!と取り組んできた。
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引きこもりになりがちな住民の元気を取り戻すために、みんなが参加できる行事を立案し、子供たちを主役に推進している。東松島市では、仮設住宅の近隣の東矢本駅北地区へ307戸の新しい災害公営住宅を造成中、今年の11月には45世帯の移転が可能になった。
町づくりの計画は、行政だけの意見でなく、住民が協議会を立ち上げて、「日本一住みよい街づくりをしよう!」と大きな夢を共有し合えたことが何よりです。
しかしすべての人が移り住むまでには3~5年かかってしまう。住民の最後の一人が移るまで、私は家族とともに仮設住宅に住んで見守ります。と講演され、参加した地元下川地区の自治会長はじめ参加者150名の市民が、心から復興への願いをかみしめていました。
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主催したNPO法人ピースサポート協会理事長久保田光明から、東矢本駅北地区の新しい町づくりに対し、活動支援金を贈呈し、一日も早い復興への支援を誓いました。


大震災から3年! 

大震災から3年!
石巻市雄勝町立浜の仮設住宅に住む漁師の皆様と・・・。CIMG1064 - w
復興支援雄勝町の新ワカメが獲れました!
3.11、あの大震災から3年になりました。
当時小学校避難所ころからのご支援、区民一同深く感謝申し上げます。
雄勝ワカメに多くのご支援をいただき、お蔭さまで安心してワカメを生産することができます。
復興事業も仮説住宅から高台地への移転まで、あと3年を要します。私たちは元の雄勝立浜を取り戻すため一生懸命に前進するのみです。
どうぞこれからも温かいご支援くださいますよう心からお願い申し上げます。

           平成26年3月11日
                              雄勝町立浜協和会 自治会長 末永勝紀

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kubota2511

Author:kubota2511
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